平凡学徒備忘録

Know your enemy with warm heart and cool head.

経済学は何をしているのか?

大学で経済学をやってきて思うが、経済学は面白い。しかし残念なことに、経済学の授業は大抵つまらない。授業がつまらないから経済学はつまらないだろうと考え、なかなか興味が持てない。

人が初めて経済学に触れるのは中学の公民だろう。そして高校では現社や政経の授業で経済学を学ぶ。そして、大学に進んだら経済学入門とかの名前を冠した授業が開かれている。

で、そこで何を学ぶかというと、経済学の代名詞とも言える需要、供給曲線である。曲線とか言いながら先生は直線を引き、その交差点で商品価格と取引量が決まるのだという。

でもこんな図を見せられても、実感が湧かない。世の中がこんな単純だとは思えないし、そもそもこれが分かったからなんだというのだ。実に経済学はつまらなさそうだ。

 

また、市場の失敗という概念にも触れる。しかし、市場の「失敗」という名称がよく分からない。市場とは取引の場だろう?失敗っていわれると、市場が何らかの意思を持った人みたいに思えてくるが、そんなことあるもんか、意味が分からない。やはり経済学は分からない。

とまぁ、大学に入るまでは(あるいは大学に入ってからも)経済学というものを面白いと思う人はあまりいないだろう。実際筆者が経済学に興味が出てきたのも偶然だ。触れるまでは全く興味がなかった(そもそも法学志望だった)。

 

「経済学はお金持ちになるための学問だ」と、経済学を知らない人は考えがちだ。実際経済学部の卒業生の中には銀行やコンサルティング会社、大学に就職して、お金持ちになる人はいる。ただ、全員が全員そうってわけじゃない。多少経済には詳しくなるけど、経済学やってもお金持ちにはなれない(ケインズという例外もいるが)。だってそんな方法が分かるなら、皆さん経済学やるでしょ?

実際には、経済学で取り上げられる問題は、大まかに言って「人はどのように取引をし、その結果経済はどうなるか?」「世の中で何か変化が起こった場合、経済はどうなるか?」の2つに集約される。ここでいう取引ってのは物の売り買いだけじゃなく、雇用契約や、金融取引も含む。

で、ある行動をとるのにかかる費用と効用の大小関係が、経済学が前提とする基本的な行動原理だ。つまり経済学では、人がその行動を取るのはそれにかかるコストよりも利益の方が大きいと考えたからだ、と判断する。だから「何故儲け話を人に教える人がいるのか」とか、「メルカリに現金を出品する人たちがいるのは何故か」みたいな疑問に答えることができる。

そして、単に人々の行動の理由が分かるだけじゃなく、その結果が望ましいかどうかという問題も経済学で取り扱う。この場合の判断基準が、効率性である。経済学で言う効率性とは、その行動が社会にどれだけ多くの満足をもたらすかという考え方である。

この考えが、政策決定に応用されている。日々打たれている財政、金融政策は、経済学的な意味で効率的な結果を狙って行われている。

また、これも政治の領域だが、法律は効率性の観点に基づいて作成されている。例えばマンション会社と地域住民の意見がぶつかっている時どちらの言い分を通すべきかみたいな問題に裁判所は直面する。こんな時、「どちらの言い分を通したほうが世の中により多くの満足がもたらされるか?効率的で望ましいか?」が経済学の判断基準である。法律とは2者の利益や権利がぶつかりあう際に、どうするべきかを定めたルールのことであり、どんなルールを定めるかを考える根拠に経済学の考えを応用できる。

以上は、人の生活に影響を持ってはいるが、生活の中であまり実感することのない応用分野だ。経済という言葉の由来からもわかるように、そもそも為政者のための学問という側面があるから仕方ないのだが、それでも一応身近な応用例もある。

例えば、比較的新しい応用分野にマーケットデザインというものがある。これは売買が望ましくなく、市場を通じた財の配分ができないものや、結婚や就職などといった、相性が問題となり、単に価格だけでは効率的な配分を達成できないものを効率的に配分する方法を考える分野である。実際にアメリカでは、腎臓移植プログラムや、医学生とその研修先を結びつけるプログラム、学校の入学割り当てプログラムなど、マーケットデザインの手法を応用して成果を挙げている例もある。

 

さて、経済学が何をやってるかについては何となくイメージできたと思うので、次は経済学を理解するのにお勧めの書籍を紹介していく。経済学は、グラフなどの抽象的な分析を眺めてもあまり理解が進まないし、面白くない。具体的な事例を交えた方が面白い。

日常の疑問を経済学で考える (日経ビジネス人文庫)

日常の疑問を経済学で考える (日経ビジネス人文庫)

 

 一番面白く経済学について学べるのは、多分この本である。この本では、「何故バーではピーナッツが無料なのに水は有料なのか?」「紙幣の肖像画は正面からの顔を写しているのに、硬貨は横顔が多いのは何故?」など、取るに足らないような質問だが、言われてみると確かに気になるような疑問について、「経済学の視点から見ると、多分こういうことだろう」と答えを考えてみた本である。

数式もグラフも全く出てこない。でも経済学特有の考え方である限界効用とか機会損失とかいった考え方については理解できるし、何よりクイズ形式なので、単純に読み物として面白い。

 

海賊の経済学 ―見えざるフックの秘密

海賊の経済学 ―見えざるフックの秘密

 

 これは、その名の通り、ONE PIECEとかパイレーツオブカリビアンなんかに出てくる海賊について書いた本だ。海賊は荒くれものというイメージがある。それは概ね間違っちゃいないが、だからといって無抵抗の市民を単なる愉快を目当てで殺したりはしなかったし、意外にも海賊同士のルールは順守していた。このようなイメージと現実とのギャップを説明した一冊である。ちなみにこの本の筆者は腕に需要・供給曲線の入れ墨をいれているという変態個性的な人だ。

 

ヤバい経済学 [増補改訂版]

ヤバい経済学 [増補改訂版]

 

 この本は「麻薬の売人がママと暮らしているのは何故?」「犯罪発生率と妊娠中絶件数との関係って?」などの疑問を取り上げ、それを「インセンティブ」という概念で解き明かしたものだ。タイトルほどヤバくはないが、この筆者が頭よいので、インセンティブに注目して世の中を眺めてみることの面白さが分かると思う。

 

経済学をやったからといってお金持ちになれるわけでも、ビジネスで絶対成功するわけでもない(多少は役立つかも知れんが)。そういう意味では役には立たないといえるが、社会にとって望ましい判断を考えたり、個人の行動が社会にどのような影響を与えているのか、こういった疑問に答えるのに、経済学は役に立つ。