平凡学徒備忘録

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無条件で現金配布、あなたは働きますか? 第1回~労働環境の変化とベーシックインカム~

 現在の労働環境は何が問題か

 労働環境にまつわるニュースはいつの時代もあらゆる場所で話題となる。先日もヤマト運輸が年末の宅配需要に伴い、アルバイト運転手に対し、時給2000円を提示したそうだ。

news.livedoor.com

このニュースはヤマトの労働者にとっては良いニュースだ。しかし、昨今ブラック企業労働生産性の低下、低賃金などのニュースを目にするにつけ、現在の労働環境は労働者と経営者どちらにとっても悪いのだろうという印象を受ける。

 

現状の労働問題は、つまるところ「あらゆる産業において生産に人が必要とならないのに、賃金を得て生活する為に色んな人が働き口を求めている」ということだ。

 

勿論新たに設備投資や情報処理インフラに投資できない企業は今まで通り人材を求め続けるが、みずほ銀行がITによる業務効率化、そして2万人近い人員削減の計画を発表したように、どんどん労働を機械が肩代わりする流れができている。

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技術革新による人手不足の解消が労働者同士の労働枠を狙った競争を激化させ、労働供給が多くなるほど、企業にとっては有利な状況になる。これが労働者に長時間労働を自発的に行わせ、賃金低下を引き起こしている原因の一つだろうと思われる。

 ベーシックインカムとは何か?

そんな中注目を集めつつあるのがベーシックインカム(BI)である。これは国民一人あたりに、無条件に一定額の現金を支給するという制度であり、様々な都市や国で実際にBIを試験的に導入し、実証研究が進められている。先達ての衆議院選挙で希望の党が公約に掲げていたので、目にした方も多いだろう。

ただこの「無条件で一定額を国民全員に支給」という考えは、恐らく現在の日本ではあまり受け入れられないものであろう。正確には「できるものなら導入してほしいが、実際に導入されることはない」と考える人が大多数であると思う。

「導入されるわけない」という考えの最たる根拠は、財政が崩壊するという1点に集約される。もし導入されたら、誰も働かなくなり、よって税収も途絶え、すぐに財政破綻するだろうというわけである。ただでさえ税収が足りないと嘆かれている現在、ベーシックインカムなんて夢のまた夢である。

 

ただ、そんな単なる夢想とも思えるベーシックインカムを実現するべく言論活動を展開している人に Rutger Bregman というオランダ出身のジャーナリストがいる。彼の書いたこの本は、昨今の労働環境を踏まえ、BIの導入について社会保障制度や生き方の面からデータを挙げて論じているものである。

隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働

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 BIは人を怠惰にする?

BIの考え自体は別段新しいものではない。実際、過去にもBIを導入する考えが出てきたが、結局反対派の考えを覆すことができずに、実現されずに終わってしまった。この本でも、20世紀後半に米大統領ニクソンがBIを導入しようとしたが、廃案になってしまった過程が述べられている。反対理由は先に挙げたものと同じである。

しかし、様々な実験で、BIが人々の怠惰を招くどころか、貧困解消を解消し、むしろ税収を増やすということを示している。つまり、お金を貰ったら働くのを止めるのではなく、むしろより働くようになるのだ。

この本では、単にお金を配るだけのホームレス支援活動について、他の貧困層に対する複雑な支援プログラムと比較しながら紹介している。これは2009年にロンドンで13人のホームレス男性に、何の見返りも求めず、条件もつけずに現金を与えるという至極シンプルなものである。

結果はどうなったか。「プログラム開始から1年半後には13人のうち既に7人が住居を確保し、他に2人がアパートを借りれるようになった」「与えられた3000ポンドのうち、平均で使われたのは800ポンドであった」など、事前の予想を裏切り、かなり「マトモな」結果に終わった。

これ以外にも、オランダでも同じくホームレス対策として同じような政策が行われた。これは現金の支給ではないが、ホームレスに無償の住居提供と、薬物使用に対してのカウンセリングを行うというものである。結果、約6500人のホームレスが援助され、社会的な利益はこのプログラム予算の2~3倍に上ったという(ソース元にあたりたかったが、すまねえ、オランダ語はさっぱりなんだ)。

 

このように、比較的最近行われた実験たちは概ねBIのプラスの効果を実証している。ただその一方で、BIに似たスピーナムランド制度という19世紀に実施された社会保障政策の実験結果もある。これを行った結果は、今紹介してきた実験とは真逆で、財源の危機、労働意欲の阻害、怠惰という状況を招き、中止された。以降このお実験結果はBIに反対する実証的な根拠としてよく用いられ、最悪の制度という評価を得るに至った。

しかし、先ほどの実験と比べるとあまりにも違いが極端すぎる。Bregmanはこれについて、最近の研究結果でスピーナムランド制度についての報告書が恣意的に書かれ、質問が誘導的で、分析手法も正確でないと明らかにされたと主張している。また別の意見では、BIが無条件給付である一方で、スピーナムランド制はその所得が基準値以下である家計を対象としており、それがあえて所得を下げ、給付を受けようとするインセンティブを与え、結果労働意欲を削いだのではないかともいわれている。とにかく、導入にあたっては今後様々な実証実験と正確なデータ分析が必要となる。

 BIのもたらすブラック企業淘汰

ここまではBI導入のデメリットに反論する形で話を進めてきたが、次にBIがどのようなメリットをもたらすのかを考えていく。

まず筆者が考え付いたのがブラック企業の淘汰やワーキングプア、長時間低賃金問題の解消である。これらは何が問題かと言えば、「自分が望まない労働を強いられること」である。市場が完全に競争的、流動的でタイムラグを考慮しなければ、理論上これらの問題は起こらない。労働者が自分の意に反する労働を行いたくなければ、そもそもブラック企業に就かなければいいし、就いたところで辞めればよい話である。業界全体で低賃金カルテルを組んでいない限り、待遇の悪い会社に人は集まらず、結果待遇が改善されていくはずである。

しかし現状として、意に反した労働をさせられ、そこから抜け出せずに精神、身体的に深手を負ってしまう人は絶えない。その理由の一つが、そこ以外に働き口が見つからないからである。先ほど言及したように、イノベーションが労働需要の減少をもたらし、労働供給過多の状況を作っている。しかしイノベーションは止まらないし、止まるべきでもないので、企業側はどんどん有利になる。結果として、他人より抜きん出たスキルのない労働者は仕事に就けなくなる。

そこにBIで基礎的な生活が保障されていればどうだろうか。待遇が悪いブラック企業を抜け出しても、取りあえず生きていける。職場で受けるストレスが無い分、より健康的な生活が送れるであろう。

 貧困とは人格の欠損でなく、お金の欠乏である

それに勿論、そもそもBIは社会保障の手段として考えられたものなので貧困問題の解消につながる。貧困問題の解消は、貧困層に属する人のみならず、そうでない人達にもメリットをもたらす。まずは貧困からくる犯罪の予防である。食事や住居が提供されていることを目当てにわざと軽犯罪を犯し、刑務所に行こうとする貧しい高齢者や、子どもに万引きをさせる貧困家庭の親、学費捻出の為に売春行為をする高校生などがしばしば話題になることから分かるように、貧困は人を犯罪に駆り立てる要因の中で大きなものだ。

生活が保障されていれば、犯罪によってお金を稼ぐインセンティブは軽減できる。更に言えば、先ほど紹介したホームレス支援の結果にもあるように、生活保障は人々の生活や嗜好をより社会的に望ましいものに変える。Bregmanも「貧困は人格の欠損ではなく、お金がないことだ」と説いている。「衣食足りて礼節を知る」ということわざの示す通りである。


Poverty isn't a lack of character; it's a lack of cash | Rutger Bregman

勿論、貧困の中にあっても道徳を忘れず真面目に生きていく人もいる。しかし、彼らは不道徳な犯罪者よりも物質的に貧しくなる。そんな現実に直面したら、元々持っていた道徳心を捨てる人も出てくるのではないだろうか。人を不道徳な行為に駆り立てる環境を是正するのにも、BIは大いに機能するだろう。

 BIは、人に選択肢を与える

貧困が新たに貧困を生み出すという再生産プロセスがしばしば指摘される。その人の人生は生まれ育った家庭や社会情勢など、外部環境に大きく左右されるということである。この記事でも書いたが、「選択肢がない」ということで人はより不利になるのだ。

 

usamax2103.hatenadiary.com

 

このような状況を無視して、現在の状況、結果をすべて本人の責任に帰すことは正しいのだろうか。「隷属なき道」でも指摘されているが、貧困にあることは知能を13ポイントも下げるという結果も出ている。このような状況を是正するためにも、BIについての議論はもっと真剣に議論されるべきであると思う。

 

かなり長くなったので今回はここで一旦ストップする。次回以降、BIで議論されるべき論点や福祉の考えについて書いていこうと思う。