平凡学徒備忘録

Know your enemy with warm heart and cool head.

無条件で現金配布、あなたは働きますか? 第4回~BI導入に向けての論点~

f:id:usamax2103:20170322152502j:plain

 

 3回に渡ってベーシックインカムについてそのメリット、デメリットだけでなく、社会福祉や政府のあり方などの視点から述べてきた。前回の記事をまだ読んでいない方はこちらからどうぞ。

 

usamax2103.hatenadiary.com

 

BIはだんだん周知されてきてはいると思うし、今後たくさんの議論がなされるだろう。少なくとも、夢想であると議論にすらしないのは望ましくない。今回は、実際に導入にあたって議論されるべき点について整理していく。

 

BI導入で議論されるべき点

①:制度の安定性

まず思いつくのはBIによって安定的な税収が損なわれないかどうか、BIは持続可能な社会保障であるかどうかである。いくつかの実験は、BIによって人々の労働意欲が損なわれるどころか、より勤勉になり、社会的に望ましい生活を送るようになったことを示している。

しかし、国民全体で行った場合、安定的に社会全体で貨幣や財、サービスが循環するのかという問題がある。BIは誰かがどこかで生産した財によって賄われるが、国民全員の生活を補うだけの財源を確保できるのか、確保するにはどの程度の生産性が必要なのかといったことについて、モデルによる理論分析のみならず実証実験も行われるべきだ。

また、BI導入によって物価や貨幣価値、そして労働賃金がどうなるかなどの研究もなされるべきだろう。例えばBIがあることを口実に安い賃金を企業が提示し続けるのか(これはスピーナムランド制の下で起こった)、それとも皆嫌な仕事はしたくなくなるので、労働人材確保の為に高い賃金を払うようになるのかなど、どちらとも言いがたい点はたくさんある。

②:現金支給?現物支給?

現金での支給には方々から反対の声が上がる。現在でも、生活保護支給費がパチンコなどのギャンブルに消えてしまうことはバッシングの対象になる。それにBIの発想は最低限幸福を追求できる生活の保障であって、遊ぶ金の支給ではない。となると現金配布でなく、現物支給も視野に入れた議論が必要になるだろう。

現物支給BIについては、2つの点が議論されるべきだろう。まずは支給システムについてである。例えば、現金ではなく食事を現物支給するのは給食のようなものであるが、この前の神奈川県の給食の問題のように

大磯町における学校給食問題 - Wikipedia

行政側がコストカットを優先するあまり財の質が下がってしまうことが考えられる。そうなったら受益者の効用を損なってしまう。

もっとも、BIとして提供される財に、そもそもサービスを向上させる必要がないとも言える。BIで提供されるものより品質の高いサービスを得るために、国民に頑張るインセンティブを与えられるとも言えるからである。とはいえ、あまりにも財の質が悪いともは社会保障とは言えなくなるなど議論の余地がまだまだある。

また、もう一つ考えるべき点として、現金支給の場合と比べて受益者の行動がどう変化するかということがある。現物支給も現金支給も内容としては同じである。だから何が問題なのかと思うかも知れないが、実際、人は同じ内容でも異なる反応を示すことがある。この事はこの記事で取り上げたが、「どのくらい与えられるか」だけではなく、「どのように与えられるか」も人の行動を左右し、具体的な状況の差異が大きく異なる結果をもたらすことがある。

usamax2103.hatenadiary.com

 現物支給の例で言えば、毎月3万円を与えるのと、3万円分の食事券を与えるのと、3万円分の食事そのものを与えるのでは人々の行動が異なってくるということである。そうなると、BIの効果が変わるし、現物支給の場合には思ったほど需要量が少なく、食品ロスなどの問題も発生するかもしれない。なので、具体的にどういった形で支給するかはとても重要になってくる。

③:どのくらい支給するの?

BIは国民全員が、幸福を追求できる基礎的な生活を送れることを目的としている。では、その基礎的な生活のラインというのはどこなのかという話になる。心身共に健康な若者と身体障碍者高齢者ではそのラインが異なるだろう。そういった差異はどのように捉えるべきか、どんな制度設計で対処できるかといった話だけでなく、公平とは何かという哲学のような話も必要になるだろう。

④:人を生産的に保つには?

BIが人を勤勉に望ましくすることはいくつかの実験が示している。しかし、国民全員にBIを行った場合にも同じ結果が行われるのかは分からない。

また、実験によって確認された変化は一次的なものではないのかという論点もある。つまり、ホームレスらは、以前よりよい暮らしを得られるという前向きな変化があったからよかったものの、豊かさに慣れてしまったら勤勉さがなくなってしまうのではないかということである。もしくは、彼らはBIが有限であるとわかっており、BIが終わった後に備えて一時的に変わっただけかもしれない。

ただ、BIそのものが人を生産的にするのかも知れない。勿論、人は自分の望まない仕事はしなくなるだろう。その意味では生産される財は減ることになる。しかし、人間とは想像的で創造的な生き物だ。お金にならなくても続けている生産的な趣味が、新たに生産物を生む。その意味では生産物が増える。働かなくても暮らしていける状況下でわざわざ仕事を行うのは、よほどそれに意欲のある人だろう。意欲的な人が集まればイノベーションは起きやすくなる。例えばプログラマのコミュニティでは、無償でソースコードが公開され、それが新たなサービスを産み出す土壌になっていることが珍しくない。

この事実は、金銭による動機付けがなくとも(実際には単なるフリーミアムなのかもしれないが)イノベーションが起こることを端的に示している。「隷属なき道」で書かれていたが、優秀な人が、冨を移転することではなく、価値を生み出すことで所得を得るようになれば社会はより生産的になる

それにBIによって余裕ができれば、発注者、委託者に報酬を支払う余裕がよりできるので、クリエイターを適切に評価し、きちんと金銭報酬を与える雰囲気もできやすい(最も、いかなる場合であれ相手の望まない報酬で働かせようというのはそもそも間違ってると思うが)。国がもし本当にクールジャパン政策を進めたいのであれば、昨今のクリエイターの労働環境是正は急務である。

このように、BIには社会保障だけでなく、投資的側面もある。しかし、それがどの程度効果的な投資なのかは分からない。才能と意欲があり、かつ他人より抜きん出て優秀な人材に投資する人は現状でもいるし、そういったプログラムも既にある。BIにできるのは人がリスクを取りやすくすることにあって、生産的になるインセンティブを与えることはまたちょっと違うのかもしれない。

 

ともかく、技術革新や世界情勢、経済の変化によって社会の常識が変わりつつある。かつては人がこなしていた仕事がどんどん機械に取って代わられるようになれば、「働かざる者食うべからず」の通念が揺らぎかねない。そういった今までの常識が揺らぐ変化の時代には、BIのような一見夢想としか思えない政策にも目を向けねばならないだろう。BIが単なる夢物語なのかどうかは、まず具体的な議論が真剣になされて初めて分かる。

以上の論点のすべてに言えることだが、議論にあたっては理論と実証、どちらの面も欠かしてはいけない。統計学、データ分析の手法を応用した議論が、最近ようやく政治や社会の問題について行われるようになったという印象を受ける。しかし、まだまだ理論や思想のみが先行している議論ばかりである。もっと実データに基づいた議論や政策決定がなされることを願うばかりである。