平凡学徒備忘録

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経済学はどう役に立つか~効率性と市場の失敗~

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出典(京エコロジーセンターホームページより)

http://www.miyako-eco.jp/highmoon

 

経済学は役に立たないとよく言われる。経済学という字面だけを見ると、経済を学ぶのだろうというのは分かるが、結局学んでどう役に立つのかは分からない。経済学というのはどうやってお金を稼ぐかとか、株価の予想でも行っているのだろうが、結局、経済は複雑なのでそんなことを分かりっこない。しかも、合理的経済人とかいう現実離れした仮定を置いているらしい。このように考えて、経済学なぞ役に立たぬという結論に至るわけである。

そんな解決しようもない疑問を立て、分かりづらい専門用語を作り、研究対象は自然現象でもないのにも関わらず数式を多用している様を見たら、どうも胡散臭い学問だし、結局経済学では何をやっているのか分からないというのが専門外の人の率直な感想だろう。

この類の主張は、まず「経済学はお金儲けを考える学問だ」と誤解している。残念ながら経済学を学んでもお金儲けの直接の役に立つわけではない。

 

では経済学で扱う主要な問題は何かというと、「有限な資源をいかに効率よく配分するか」ということである。

 

こう書かれると、普段経済と聞いてイメージするものというよりは、戦時中の配給制のようなものを想像するかも知れないが、例えばコンビニでパンを買う時を考えてみよう。パンを買うにはそもそもパンが作られていなければならないが、そこには当然、小麦農家や牧場主といった原料を提供する人、パンを作る人、生地を捏ねたり焼いたりするための機械を作る人、運ぶ人など、多くの人が関わっているわけである。そしてこういった人たちが生産者であり、それぞれが持つ資源(小麦や生産機械、労働力など)を提供し、パンという一つの財を生産しているわけである。

ここで例えば、農家が圧力をかけられている、脅されているなど何かしらの理由により、作った小麦を全く他人に提供できないとする。そうなると当然作った小麦は余り、腐ってしまう。そうすればパンは生産されずに、パンが食べたくても手に入らないだけでなく、バターやパンを作る機械も意味をなさず、生産者も需要者も得しないことになる。こういったとても勿体ない状況のことを、経済学では「非効率的」という言葉で形容する。欲しい人にそれを提供すれば色んな人が幸せになるにも関わらず、それが行われていない、つまり、社会全体の幸福度合いを増やすチャンスがあるのに活かされていない状況のことを非効率な状況と言い表すわけである。

 

勿論このような状況は、経済学を持ち出すまでもなく是正されるべきだとわかる。小麦農家が脅されているというのが原因なので、その脅しをやめさせればよい。または、パンの製造会社も別の小麦農家にあたればよいとなる。しかし世の中にある非効率的な状況は、何も人為的に引き起こされたもののみならず、それぞれの生産者、消費者が自由に行動した結果引き起こされるものもある

こういった問題の例として公共財の供給が挙げられる。公共財というのは、「需要の増加に伴って追加的に生産を行う必要がなく、また、フリーライドを防げない」財のことである。例えばダムを造る時を考えてみよう。まずは「需要の増加に伴って追加的な生産を行う必要がない」という部分だが、ダムという財はこの性質を満たしている。ダムの治水地域の住民が多少増減しようとも、水の流れがそこまで変わるわけではないので、追加的にダムを造る必要はない。また、「フリーライドを防げない」という性質であるが、地域に住んでいる以上、ダムの治水効果を受けざるを得ない。つまり、ダムの使用料金を払っていないからといって、その効果を受けさせないといったことはできないので、この性質も満たす。

ダムが公共財であることでどういった経済学的な問題になるかというと、需要があるにも関わらずダムが供給されないという現象が起こる。これは、「ダムを建てるのに○円かかるから、その建設費用の一部を負担して」と言っても、「いや、別にこちらはダムなんか必要ないからそんなに払いたくない」と需要者が便益を過少申告し、費用を負担しないからである。そしてそういった言葉を述べた人が、嘘をついているのか、本当に必要としていないのかが分からない以上、ダムを建てることでそれぞれの受ける恩恵が増えるのかが分からないし、仮に分かったところで結局誰も費用を負担しない。

 

このように、各人が自由に行動した結果、社会全体の幸福度が上がるチャンスが活かされないことを、経済学の言葉で「市場の失敗」と呼ぶ。市場の失敗には、公共財の他にも外部性、独占といったものがある。

こういった話は、基本的にミクロ経済学の入門書に載っているが、解決という側面に主眼を置いて学ぶのであれば、公共経済学という分野で書籍なりを探すとよいだろう。経済学をどう役立てればいいのか分からない人は、一般向けの本で概観を掴むに留まらず、是非一度専門的な分野のおカタい本も参照してほしい(また、経済学を批判する際はこれらの議論を踏まえてほしいものである。大体、無数の頭のいい人たちが何世紀にも渡って議論を続けてきたのであるから、何の役にも立たないという方が考えにくいと思うのだが。少なくともパッと思いつくような発想や論点は既に解決済みだと考える方が賢明だろう)。

 

さて、これら市場の失敗を解決する担い手は、主に政府や地方自治体といった行政組織である。実際公共経済学では、政府の役割とは市場失敗を是正することだと説明されている。なので経済学は役に立たないということはないにせよ、官僚や政治家にならない限り特に学ぶ必要はないという意見も考えられる。

確かに、民間企業で働く人はむしろ経営学会計学の知識の方が直接に役立つだろう。経済学はある程度抽象的に物事を扱うので、業種や職能に直接役立つわけではない。なので全員が全員経済学を学ぶ必要はないだろう。

 

しかし、全く役に立たないかというとそうでもないと思う。前に述べたとおり、経済学は資源配分の問題を扱うため、組織内での資源配分の問題には多少役立ちそうだ。また、経済学は制度を設計することで知見を直接的に応用する。制度設計で特に難しい問題は、制度に耐戦略性を持たせることにある。耐戦略性とは、その制度の利用者に嘘をつくインセンティブが無く、進んで正直に情報を提供する、素直に行動するような性質のことである。これが満たされないと、各主体が意思決定を行うのに大きなコストがかかる、効率的な資源配分が達成されないなどの問題が起こる。

このように考えると、良い制度、ルールを作るのはなかなか複雑で困難である。こういった制度設計を扱う経済学の分野はマーケットデザイン、メカニズムデザインといった名前が付けられており、興味がある方にはこの本を読んでみることをお勧めする。

 

 

このように、経済学は資源配分の無駄を見つけ、その失敗が起こる原因を分析し、解消するような制度を設計することでその価値を発揮できる。経済学を学ぶ人はこういった応用先を頭に入れるとより効果的、効率的に勉強が進むのではないだろうか。また、経済学を学んでいない人も、経済学というのはこういったことを扱っているのだなと理解していただければ幸いである。

そして、経済学の方法論についての全体像を掴みたい人は、この本をお勧めする。

エコノミクス・ルール:憂鬱な科学の功罪

エコノミクス・ルール:憂鬱な科学の功罪

 

 

よくある批判を織り込んだ上で経済学の発想や議論の進め方を述べており、モデルとは何のために必要なのか、何故数学を使うのか、それで何ができるのか、モデルを作って現実の政策を行う際に何に注意すべきかといったことについて分かると思う。

 

経済学については過去にも色々書いてきたので、参照されたし

 

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