平凡学徒備忘録

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モデルを用いて考える、ということ~ドライヤーの故障と経済学~

ご無沙汰でございます。留学前の準備やテストなどに追われ、あと書くネタと気力が無くなっていたので久々の更新となってしまったが、今後もなるべく書き続けていこうと思う。

 

さて、前にも本ブログで紹介したこの本を最近また読み返してみた。その中で考えたことを今回は綴っていこうと思う。

エコノミクス・ルール:憂鬱な科学の功罪

エコノミクス・ルール:憂鬱な科学の功罪

 

この本は経済学の使い方や思考パターン、学問としての発展など経済学の方法論について、広く述べた本である。著者のDani Rodrik教授は国際経済学や政治経済学、開発経済学を専門とし、現在ハーバード大学に在籍している。経済学入門者や、経済学に対して批判的な考えを持っている人は必ず読んでほしい。方法論の全体像について知ることは、今後の勉強にきっと役立つだろう。

 

 

さてこの本では、経済学で用いるモデルというものについて述べている。経済学は数式、数理モデルを抜きにして議論を行うことができない(なので、数学が苦手で文系を選び、経済学部を志望している人は、もう少し考え直した方がいい)。ちゃんとした経済学の教科書を見ればその数式やグラフの多さに驚くと思う。それら数式やグラフがモデルと呼ばれるものである。では何故そういったモデルが使われるかというと、考察対象の構造を抜き出し、単純な形に落としこんで示すためである。このように書くととても仰々しく映ると思うので、例を挙げよう。

例えばある市場で一社のシェアがとても大きくなり、商品価格が高くつけられていたとする。そこで経済学者は、①独占市場は何故起こるのか、②この状態は望ましいか否か、③独占問題を解決するにはどうすればいいのか、などの論点について明らかにしようとする。

①の論点から考えよう。独占の原因として第一に挙げられるのは、財・サービスの持つ規模の経済性である。独占市場の例として鉄道産業があるが、ある地域に複数の会社が小規模な鉄道網をそれぞれ敷くよりも、1つの会社が大きな鉄道網を敷設した方が、社会全体でかかる費用は小さくなる。これが規模の経済性である。また、小規模であればその分収益も小さくなるので、どの会社も採算を保つことができなくなる。複数の会社が鉄道サービスを提供している場合、乗り換えることも多くなるので客にとって利便性が下がり、なおさら収益をあげることは難しくなるだろう。

このような説明体系や仮説、理論のことを、経済学ではモデルと呼ぶ。今は日本語という自然言語で書いたが、これを数式を用いて表せば経済学の標準的な教科書でよく目にする数理モデルとなる。

さて、以上のことから、考察対象となっている市場には規模の経済性が存在するという可能性が出てくる。しかし今挙げた「独占は規模の経済性によって生じる」とするモデルが、考察対象の市場を正しく反映したものかはまだ分からない。実際に観測される事実と照らし合わせてその妥当性を測り、仮説を修正していく必要がある。

この仮説→検証→修正というサイクルが必要だということについてはお分かりいただけると思うが、ではどのように検証を行っていけばよいのかという疑問が出てくる。これについては、モデルの含意を読み取る必要がある。含意とは「このモデルが正しいとすれば、○○ということが観察されるはずである」の「○○」にあたる部分である。

先ほどの規模の経済性モデルについていえば、直接的含意として規模の経済性が観察されねばならない。なので、生産規模と費用の関係を表すデータを用いて検証できる。また、規模の経済性があるということは、新たなサービスの登場で規模の経済性が弱まれば、企業の数も増えるはずである。規模の経済性が弱まることのイメージがつきにくいと思うが、例えば教育市場では規模の経済性が弱まったと言える。昔は授業を受けるのに物理的に先生のもとに出向く必要があり、その地理的制約からある程度規模の経済が働いていたが、今やオンラインで授業が受けられる。そして参入者はかつてと比べて膨大になった。考察対象の市場に似たような動きがあれば、モデルが妥当である可能性が高い。

 

無論、現実世界は複雑なので、規模の経済性によってのみ独占が起きるわけではない。規模の経済性は存在していても、それだけではうまく説明がつかないこともある。そういった課題は、規模の経済性以外の別の要因、例えばネットワーク外部性などの存在を示唆している。そんな場合は別のモデルを作り、また同じように含意を読み取り、データや実際のケースと照らし合わせて検証していけばよい。重要なことは、1つのモデルに固執したり、すぐにモデルを捨てることではなく、丹念に現実とモデルを見比べ、モデルをよりマシなものに作り変えていくことである。

ちなみに、このモデルと実データとの見比べかたについて扱っている学問分野が計量経済学や実験経済学といったものである。

 

さて、経済学でのモデル思考について述べてきたが、普段我々もモデルを用いて考えている。というか、モデルを用いずに考えることはできない。例えば普段使っているドライヤーがちょくちょく止まってしまうようになったとする。この異変に気づいたあなたは、コードが接触不良を起こしている、ファンの部分に異物が挟まっている、コンセントに問題があるなど、問題の原因パターンがいくつか思い付く。そして、ドライヤーを振って変な音がしないか、コードに断線が見られないかなどを観察し、故障の原因を探り当てていくことになる。

このように、モデルで物事を考えるのは別段目新しいことではない。考える対象がドライヤーでも経済でも、やっていることに変わりはないのである。ただ、経済学では数学という言語を用い、聞き慣れない様々な概念が出てくるので、理解不能なもののように見えてしまい、数式を解いても何ら得るものがないといった状態に陥ってしまう。

再度繰り返すが、大事なことはモデルと現実の反復である。経済学を学ぶ際は、このことを忘れてただ数式をこねくりまわすようなことがないように心がけたいものである。こういった視点を持っていれば、経済学が単なる計算問題ではなく、現実の一側面を反映した意味あるものとして経済学入門者に映り、その後の勉強にも役立つだろう。教鞭を取る先生がたにもこのことを常々伝えてもらいたいと思う。

 

さて、経済学の方法論については過去にいくつか書いている。合わせてご覧いただきたい。

 

usamax2103.hatenadiary.com

 

 

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また、経済学で出てくる数学の役割についてきちんと説明している教科書もあるので、書店や図書館で探して読んでいただきたい。

 

ミクロ経済学の力

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