何故経済学は役に立たないか~その発展分野と課題~
経済学は役に立たないといわれる。これは経済学に限らず文系学問全般がさらされる批判である。前に文学が何の役に立つのかについての阪大学長の考えが話題になった。
この手の文系学問批判は長らく続いており、何回かこのブログでも取り上げてきた。
この「役に立たない」というのは「検証性が低い」「再現性が低い」「そのものは物質的には何ももたらさない」など色んな意味が含まれている。
逆に物理学、生物学などの自然科学はこれらの点を満たしてる。実験結果の計測はハッキリするし、実験を繰り返せるので再現性が担保されており、そして考察対象が物質的に存在しており、物質的に豊かさをもたらす。
さて、これらの意味で何故、経済学は役に立たないのか。
まず、考察対象が経済であり、その中では無数の要因が複雑に関係している。それをそっくりそのまま考えようとしても無理があるので、考え始めるにあたっては、単純な状況から考えていかねばならない。例えば、売り手と買い手という2人の間でのみ取引を行う状況や、商品が一種類の状況であり、これらの単純なモデルを、お馴染みの需要・供給曲線に表して分析する。
勿論現実では無数の人間が無数の商品を様々な方法で取引しているため、これらだけでは到底不十分であり、どんどん複雑なモデルを作っていっても限界がある。このモデル構築の限界が、経済学が役に立たない要因のまずひとつである。
この点について、経済学は2つの方向で進歩した。まずは数学、ならびにコンピューターなどの計算機科学の発達により、複雑な計算を行う方向である。
微積という概念やラグランジェの未定乗数法などの、物理学でも用いられている数学手法を導入したことで限界効用、限界費用などの概念が発明され、より正確なモデル分析が可能になったし、計算処理能力が向上したおかげで複雑な状況をシミュレーションできるようになった。
また、経済データを統計学の手法を用いて処理をし、経済分析をする計量経済学という分野もある。
もう一つは、経済主体が完全でないことや、他者の行動によって行動を変えることをモデルの中に組み込む方向だ。
人はいつでも情報を完全に持ち合わせて判断しているわけではない。例えば中古車販売市場では、車の売り手は持ち主であり、その車の品質ついてよく知っているが、買い手はその外見からはその状態は分からない。このように、売り手と買い手の間で持っている情報に格差がある状況が現実ではよくある。こういった事実を考慮して出てきたのが情報の経済学という分野だ。これがいわゆる市場の失敗を引き起こす。
また、企業の行動は他社の戦略に影響を受けるし、逆に自社の戦略が他社に影響を与える。牛丼屋チェーンの低価格競争などがその良い例だ。こういった相互依存関係を踏まえたゲーム理論が登場した。
ただ、このように発展してきたとはいえ、まだ経済学が克服できない点がある。それは人間は合理的に行動する訳ではなく、感情やバイアスに大きく支配されるという点だ。どのように商品が置かれるかによって売れ行きが違うこともあるし、気分という損得勘定とは殆ど関係のない要因によっても大きく行動が左右される。つまり、経済学が前提としている「合理的経済人」がそもそも存在しないのだ。
人間が常に合理的に行動してる訳じゃないという気付きから、行動経済学という分野が登場した。これは、人がとる経済学的に非合理的な行動を考察する学問だ。
ずる――?とごまかしの行動経済学 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
- 作者: ダン・アリエリー,櫻井祐子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2014/09/10
- メディア: 文庫
- この商品を含むブログ (5件) を見る
このように、経済学はまだ再現性や検証性に問題がある。また、そもそもモノを作る訳じゃないのでそのものだけでは役に立たない。経済学の目的は財、サービスの取引を通じて社会全体の満足を最大化することであり、政策などの形で意味をもつ。しかし、その政策効果を測定し、必要なときに再現するのは難しい。それは先ほどあげた社会を構成する要因の複雑さによる。
しかし、現実とモデルのズレから新しい分野が出てくることで経済学は発展してきた。また、マーケットデザインなどの分野で、実際に経済学が財の交換を活発化させ、役立っている例もある。
Who Gets What(フー・ゲッツ・ホワット) ―マッチメイキングとマーケットデザインの新しい経済学
- 作者: アルビン・E・ロス
- 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
- 発売日: 2016/03/19
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログを見る
まずは理論と現実とのズレを認識し、今まで注目されてこなかった要因について考えてみるのが学問の進め方であり、これが「役立つ」経済学を作るのに不可欠な一歩だろう。経済学は各々が最適行動を取ると経済はどうなるかを構造的に考える学問であるが、今までは「合理的経済人」という一つの個人モデルのみを想定していた。しかし現実には、人は経済的利益のみならず、倫理的、宗教的価値観や感情に大きく左右される。
なので、そのギャップを埋めるには複数の個人モデルを想定していく必要がある。例えば、マクロ経済学の消費理論では、資本流動性のある家計とそうでない家計という2つのモデルを置くことで一国の消費を細かく捉えようとした。このように、複数タイプの個人を想定するという方向に経済学は進展していくと考えられる。
シミュレーション技術は発達し続けるので、より精緻な構造的理解が可能になっていくだろう。そうして様々な個人モデルを組み込むことで、一つのモデルに個人を無理やり当てはめて発展を目指すのではなく、多様性を保ちながら発展する社会を作ることができる。